神戸地方裁判所 昭和43年(ワ)568号 判決 1969年5月20日
原告
市来瑩雄
被告
高田清輝
ほか一名
主文
被告らは各自原告に対し金四五万八七九四円及びこれに対する昭和四二年六月二四日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用を三分し、その一は被告ら各自の、その二は原告の負担とする。
この判決は主文一項につき仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の申立
(原告)
「被告らは各自原告に対し金一四五万〇〇三五円及びこれに対する昭和四二年六月二四日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」旨の判決並びに仮執行宣言
(被告ら)
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決
第二、当事者の主張
一、原告の請求原因
(一)本件事故の発生
原告は、昭和四二年六月二三日午前三時一〇分頃、神戸市灘区大石東町三丁目二九番地先第二阪神国道上を北から南へ向け歩行横断中のところ、被告谷口運転の大型貨物自動車(神戸一ぬ〇九九五号)が西から東進してきて原告に接触し、そのため原告は路上に転倒して頭部外傷、左顔面擦過創、左前腕挫傷骨骨折、左手背、右肘部、右手関節部、右膝部、前胸部各擦過創及びむち打障害等の傷害を受けた。
(二)被告らの責任
被告高田は被告谷口を雇用し、自己のため本件加害自動車を運行の用に供していた際に本件事故が発生したのであるから、被告高田は自動車損害賠償保障法第三条本文により、本件事故の結果原告の受けた全損害を賠償する義務があり、被告谷口は前方注視義務を怠つた過失により本件事故を発生させたものであるから、民法第七〇九条により本件事故の結果原告の受けた全損害を賠償する義務がある。
(三)原告の受けた損害
(1) 原告は、本件事故により受けた前記傷害のため、昭和四二年六月二三日より同年六月三〇日まで私立金沢灘病院にて、同年七月一日より同年八月二六日まで兵庫県立西宮病院にて、同年一〇月二日より同年一一月二五日まで私立春日外科病院にて各入院治療を受け、同年七月一八日より同月二一日まで私立武庫川病院にて、同年八月二七日より同年一〇月四日まで県立西宮病院にて、同年九月二一日より同年一〇月一日まで及び同年一一月二六日より現在まで春日外科病院にて、それぞれ通院治療を受け、同年九月二一日より同年一二月二五日まで山本眼科医院に通院して複視の治療を受け、その入院費、治療費等として合計五六万九九八二円を要し同額の損害を受けた。
(2) 原告は、本件事故までは栄タクシー株式会社に自動車(タクシー)運転手として勤務し、平均一ケ月五万円の収入を得ていたところ、本件事故による前記傷害のため事故日から昭和四三年一二月三一日まで業務に就くことができず、右割合による得べかりし賃金収入を失つた。よつて右損害額の内金三一万二五〇〇円の支払を求める。
(3) 原告の受けた傷害の治療経過は右(1)で述べたとおりであるが、なお言語障害、右上斜筋不全麻痺、複視等の後遺症が残り今後それが全治するか、またいつ復職できるか、全く不明である。かように原告は本件事故のため肉体的精神的に多大の苦痛を受けたので、その慰藉料は金九〇万円をもつて相当とする。
(四)損益相殺
原告は、被告らよりその主張のとおり、治療費の弁償として金二一万二四四七円、喪失利益の弁償として金一二万円の支払を受けたので、前記主張額よりそれぞれこれを控除する。
(五)よつて、原告は被告らに対し右入院費、治療費の残額三五万七五三五円、喪失利益の残額一九万二五〇〇円、慰藉料九〇万円以上合計一四五万〇〇三五円及びこれに対する昭和四二年六月二四日以降完済まで年五分の割合による損害金の支払を求める。
二、被告らの答弁及び抗弁
(答弁)
請求原因(一)の主張事実中、原告の受けた傷害の部位程度を否認し、その余の事実は認める。
同(二)の主張事実は否認する。
同(三)の主張事実はすべて争う。
(抗弁)
(一) 仮に被告谷口に何らかの過失があるとしても、本件事故は、原告が深夜に交通の頻繁な第二阪神国道の横断歩道でないところを、泥酔の上横断しようとした重大な過失により発生したものであるから、損害賠償額の算定につき右過失を斟酌(相殺)すべきである。
(二) 被告は、原告に対し治療費の支払として金二一万二四四七円、喪失利益の弁償として金一二万円を支払つた。
三、抗弁に対する原告の答弁
被告主張の抗弁(一)は否認、(二)は認める。
第三、証拠関係〔略〕
理由
一、本件事故の発生
原告が請求原因(一)記載の日時場所において被告谷口運転の大型貨物自動車(以下本件加害車両という)に接触したことは当事者間に争がなく、その結果原告が同記載の傷害を受けたことは、〔証拠略〕により認めることができ、しかも頭部外傷はⅢ型とされている。
二、被告らの責任
〔証拠略〕を綜合考察すれば、被告谷口は本件加害車両を運転して時速約四五粁の速度で第二阪神国道の第三車線を東進し本件事故現場の手前に差しかかつた際、第二車線の左前方を東進していた他の大型貨物自動車が右へよりながら減速したので、被告谷口も右側後方に注意を払いながら進路をやや右に取り左前方に対する注視を欠いたため、折柄右大型貨物自動車の前方を北より南に向け歩行横断中の原告に対する発見がおくれ、左前方約六米の地点に接近して初めて原告を発見しあわてて急制動の措置をとつたが間に合わず、車両の前面で原告を約六・七米はね飛ばしたことが認められる。ところで自動車の運転業務に従事する者は安全な速度と方法により事故の発生を未然に防止しなければならない業務上の注意義務がある(道交法第七〇条)のであるから、右のように先行の自動車が右へよりながら減速したような場合には、その前方に横断者のあり得ることを予測し(ことに本件事故現場は北方の道路と交差している)先行車に準じて減速し、万一先行車の前方より横断者が進路上に出現しても衝突を避け得るよう万全の措置をとりながら進行しなければならない注意義務があるものというべきところ、本件事故は(後に述べるとおり原告にも歩行者として守るべき注意を怠つた過失があるけれども)被告谷口が右の注意義務を怠り右後方に注意を払いながら進路をやや右にとつたのみで減速徐行せず、かつ左前方に対する注視を欠いたまま漫然と同一速度で先行車の右側を進行した過失により発生したものと認むべきであるから、同被告は本件事故により原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。以上の認定に反する被告谷口の本人尋問の結果は採ることができない。
〔証拠略〕を合わせると、被告谷口は被告会社に雇われ被告会社の用務で同社保有の本件加害自動車を運転していた際に本件の事故を発生させたことが認められるので、被告会社は本件加害車両の保有者として自賠法第三条本文により本件事故により原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。
三、原告の受けた損害
(一) 治療経費
〔証拠略〕によれば、原告は本件事故による前記傷害のため、昭和四二年六月二三日より同月三〇日まで私立金沢灘病院にて、同年七月一日より同年八月二六日まで県立西宮病院にて、同年一〇月二日より同年一一月二五日まで私立春日外科病院にて、それぞれ入院治療を受け、さらに同年八月二七日より同年一〇月一日までは県立西宮病院に通院し、同年一一月二六日以後昭和四三年四月二三日まで右春日外科病院に通院して治療を受けたこと、また右頭部外傷(Ⅲ型)による後遺症として右上斜筋不全麻痺及び複視の症状が現われ昭和四二年九月二一日より昭和四三年四月まで計一〇一回眼科医山本尚武の治療を受けたこと、原告は右入院及び通院による入院費、治療費として合計五六万九九八二円を要したが、被告らより支払を受けた分を除きなお春日外科病院に対し金三二万〇四四五円、山本眼科医院に対し金三万七〇九〇円の支払義務を負担し、同額の損害を受けたことが認められ、他に反証はない。
(二) 喪失利益
〔証拠略〕を綜合すれば、原告は本件事故前は神戸市灘区都通二丁目にある栄タクシー株式会社に自動車運転手として勤務し昭和四二年四月には所得税社会保険料を控除し手取四万九六一七円の、同年五月には同じく手取五万一六〇四円の賃金収入を得たことが認められるので、もし本件事故にあわなかつたならば同年六月二三日以後も平均して月額五万円を下らない賃金収入をあげ得たものと推認すべきところ、原告は本件事故による傷害のため右事故日から昭和四三年三月末日までは全然労務につくことができなかつたことが認められるので、右期間中に少くとも原告の主張する金三一万二五〇〇円の得べかりし賃金収入を失い同額の損害を受けたことが認められ、他に反証はない。
(三) 慰藉料
原告が本件事故により受けた傷害の部位程度及びその治療経過は前記一及び三(一)で認定したとおりであり、さらに〔証拠略〕を合わせ考察すると、原告は昭和四三年四月よりタクシー運転手として、就労しているが疲れ易く、昭和四四年四月八日現在なお右上斜筋不全麻痺による軽度の言語障害及び軽度の複視が残つていることが認められる。かくて原告は右傷害のため肉体的精神的に多大の苦痛を受けたことが推認されるところ、本件事故の発生については原告にも後記四で述べる軽くない過失があるので右過失を慰藉料額の算定上斟酌し、原告の右苦痛に対し被告らの賠償すべき慰藉料の額は金三五万円と認める。
四、過失相殺
〔証拠略〕を綜合すれば、原告は交通量が多く、しかも交通信号及び横断標識のない本件の事故現場を、酒に酔い交通の安全を十分に確認しないまま歩行横断しようとした過失のあることが認められるので、原告の右過失を斟酌し、被告らの賠償すべき前記三(一)の治療費及び同(二)の喪失利益はその各二分の一にあたる計四四万一二四一円と認める。
五、損益相殺
原告の右損害中、被告らより治療費の支払として金二一万二四四七円、喪失利益の弁償として金一二万円の支払がなされたことは当事者間に争がないので被告らの右賠償額よりこれを控除すると治療費及び喪失利益の残額は金一〇万八七九四円となる。
六、結び
よつて被告らは各自原告に対し、右治療費及び喪失利益の残額一〇万八七九四円に前認定の慰藉料を加えた金四五万八七九四円及びこれに対する事故の翌日である昭和四二年六月二四日より完済まで民事法定利率年五分の割合による損害金を支払うべき義務があるものと認め、原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余の請求は理由がないものと認め棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条を、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 原田久太郎)